6年ぶりの再会 〜アイマスライブ初めての現地参戦記〜
15年来の友人から「ハッチポッチ2にいかない?」と誘われたのは、3月も肌寒さが抜け始めたころだった。この友人とはTwitterで知り合い、共通の社会課題への興味関心があったことから交流が始まった。そこにアイマスのファンであることも気が合うポイントとなり、いつの間にかよく遊ぶ仲になっていた。そんな彼からのお誘いだった。
話を聞くと、チケットが余ったらしい。「仲間内で誰か落ちるだろうと思ったら案外当たる」というのは彼から前も聞いた話だった。
アイマスのライブ、現地というのは倍率も高くてめったにいけるものではない。そんなこともあって、気軽に「んじゃあ、ご相伴にあずかろうかな」と返事した。
するとDay2のチケットを分けてくれるとのこと。確かに倍率の高いライブに空席を作るのは目覚めが悪い。そんな折りに声を掛けやすいやつが私だったというわけだ。たまにはこういうこともあるのね……と思った後、ふと気づいた。
私、アイマスのライブを現地で参加したことがないじゃないか。
- 私のプロデューサー遍歴
- 音楽と心境の変化
- 6年ぶり、困惑の再会
- 開演前、迷走する思考
- いざ、会場へ
- 現地の熱気と消えた迷い
- 特に心に響いた曲たち
- 「星屑のシンフォニア」での感動
- 現地参加したからこその思い出
- ミリオンライブ!との温かな再会
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私のプロデューサー遍歴
自分のプロデューサー遍歴を語ると長くなるので圧縮するが、ニコニコのMADから入り、シンデレラガールズ・ミリオンライブと通ってきた。しかし、デレとミリのライブはライブビューイングでしかいったことがない。主にお金の問題だった。
しかも、である。実のところ、最近学園アイドルマスターを遊び始めるまで、アイマスはほぼ引退状態になっていた。そこに急にこの話である。気軽に喫茶店にでも行くノリで答えてしまったが、思ったよりこれはとんでもないことになったのではないかと思った。主にメンタル面で。
とんでもないことになったと思った理由は主に2つある。1つは6年のブランク。もう1つはその経緯だ。
6年前、2019年のミリオンライブ5thツアー最終回のSSA公演に、実は現地で参加する予定であった。

音楽と心境の変化
予定であった、しかし、いけなかったのだ。
では、なぜ行けなかったか。
チケットを取った恋人と別れたからである。
HAHAHA!笑うがいいさ。
別れた理由はここでは割愛するが、そのうちごく小さい部分を占めるところにミリマスの推しが違い、たまに険悪な空気を出されたことがあったのだった。
そういうこともあるとコンテンツに身が入らなくなる。そして、ちょうどそのタイミングでミリマスの音楽プロデューサーである保坂拓也氏が降板した。
保坂氏降板以降のミリオンライブの楽曲は方向性が結構変わった。もちろん、好ましく思う人も多かったと思うが、私はどうもしっくりこなかった。そして、数少ない好みであった、「ラビットファー」のイベントをもってほぼ引退した。
6年ぶり、困惑の再会
ほぼ引退したといっても、いまでもたまーに10連無料ガシャがあるとミリシタを起動する。しかし、それ以外はミリシタはしていない。
さて、時は流れて2025年にこのお誘いである。「ハッチポッチ2やるんだ」とは思っていたし、若干の興味はあった。しかし、なんとなく興が乗らなかった。そこから、まさか現地で参加になるとは思っていなかった。そして、色々思い出して「あ、これ意外と重たいことになったのでは……?」と思いながら仕事をし、当日を迎えた。
開演前、迷走する思考
当日(3/30)、私はある駅の喫茶店にいた。天気は幸いにも前日とは違い薄い晴れだったが、肌寒さは残っている。こうも急に気温が乱高下すると自律神経もおかしくなる。とりあえず身体がほてるものだからアイスティーを注文した。
前日夜は、ライブ終了のタイミングでセットリストを見ながら「うわーわかんない曲ある……」と頭を抱えていた。なにせ6年のブランクである。そして、今回は元推し(アイマスでは「担当」という)の七尾百合子役である伊藤美来さんが出演しない。
果たして楽しめるんかいな。いやでもなんだかんだ現地は楽しいかもとグルグルしてきた。気晴らしにブログのメモをしたためる。アイスティーを啜りながら、メモを殴り書きし、考えを整理していく。

しかし、書いていくとむしろ混沌としてきた。なんか緊張してくる。いろいろ連関して思い出す。どんどん頭の中がわからなくなってきた。
まぁよくわからなくても記録を残すのが大切なのである。
一方で、メモを公開する先としばらく使っていなかったブログのアカウントを引っ張り出せたのは収穫だった。
今回のアイマス記事を皮切りにブログをちょこちょこ投稿できるといいなぁと思う。そうこうしているうちに、開演まであと1時間ほどとなり、駅の喫茶店をでることにした。
いざ、会場へ
開演40分前にSSAのある、さいたま新都心に到着した。確かここに来たのはミリオン6thのSSA公演が最後だったはずだ。その翌年はコロナ禍でライブがなかったし、7thも配信だったな。アリーナの前にある広場にワイワイ集まっているPたちをなんだか懐かしい気持ちで横目に見つつ、入場していく。

前日に分配されたQRチケットをかざすと発券されたのはアリーナ席。 えっ、アリーナ!?そんないい席でいいんだろうか。どうもランダムではあるらしいが、ありがたいことだ。
そして、入場していくと、席へ向かう前に、あるものを探す。それがフラワースタンド(フラスタ)だ。ファンが演者さんやキャラへのフラスタを作る文化があり、そのクオリティは高いし、数も多いのだ。
意外とフラスタはすぐに見つかった。ずらりと30はならんでいただろうか。実際に生で見るとできばえに感心し、何枚か写真を撮影した。演者さんにも届いているといいなと思う。

そしてアリーナの席へ。会場はもう熱気が高まっている。周囲からはワクワクという感情が伝わってくる。自分はどちらかというとソワソワだった。実物を目にするというのは、そこでの存在、リアリティが増すということである。
アリーナ席へおりていきながら、機材席の機材の多さ、ステージ上造作の立派さに「これ、何百万かかっているんだ……」とクラクラする。そりゃ現地チケット1万4000円、配信チケット6000円となるわけだ。私が覚えているチケット代の1.5倍になっている。
後日、会社で軽く「ライブに行った」という文脈でこの話をしたところ、機材代が上がっているという。そういえば、山下達郎も新宿LOFTライブで言っていた。機材が高いと。そんな話をしたあとにラジカセで「硝子の少年」をかけて歌ったのもすごかったけど。
現地の熱気と消えた迷い
閑話休題、席についてしばらくするとアナウンスがはじまり、ライブが始まる。
声優さんがあんなに一生懸命にダンスしながらライブをしていることに驚嘆する。アイドルじゃないんだぞ、声優なんだぞといつも思う。そして、いつもここで「声優とは」とか「アイドルとは」、「いいのかこれで」など考えてナイーブな気持ちになるのだが、この日は周りの熱気がそんな迷いを消してくれた。
なによりコールの一体感が楽しい。ついつい叫んでコールしてしまう。長い間Pから離れていたから、結構わからない曲も多かったが、それでもペンライトを振りながら一生懸命コールするのは楽しかった。
特に心に響いた曲たち
今回のセットリストは「待ちぼうけのLacrima」から「星屑のシンフォニア」にかけての流れが特にお気に入りの流れだった。
「待ちぼうけのLacrima」はやっぱりバラード曲のよさと声優さんの声のよさが引き立つ。こういう声を魅せてくる曲が好きで、いわゆる「天体公演」(LIVE THE@TER FORWARDシリーズ(通称:LTF))はそういう曲も多く、好きだった。いや、もちろん、LTP、LTH、LTDあたりのシリーズにもそういう曲があるし好きなのだけど(大事)。いずれにしても、「待ちぼうけのLacrima」はミリオンライブの曲が好きという原点を思い出させてくれる曲だったかなと思う。
「そしてぼくらは旅にでる」や「星屑のシンフォニア」はなにかいまあるぼんやりとした不安やモヤモヤを吹き飛ばしてくれるような、未来や希望、明日といったものを感じさせてくれる曲で、「やっぱりアイマスの曲はいいな!」と思う。バラードも好きなのだけど、この2曲のような元気をもらえる曲が大学生・社会人の私を時々励ましてくれた。
盛り上がりつつ、同様に好きな「Sentimental Venus」、「ココロがかえる場所」、「HOME, SWEET FRIENDSHIP」、「ドリームトラベラー」、「STANTDING ALIVE」、「Starry Melody」・・・・・・こうした曲の存在も思いだし、心が高まった。
「星屑のシンフォニア」での感動
同時に、オリメンの「星屑のシンフォニア」は感極まった。前は、美希役の長谷川さんがいない星屑のシンフォニアだった。それを見ているからこそなんか、うれしいとかよかったねとかありがとうとか・・・・・・様々な感情が爆発した。
そして、個人的にはこのあたりで結構「あーよかったな」と思ってしまって、満足したところはあった。でも、やっぱりアンコールのthank you!は聴かないと帰れない。あの楽しい感じを見て締めないとライブに来た気がしないのだ。
現地参加したからこその思い出
今回のライブの現地参加、最終的には、「現地も体験してよかった!」の一言につきる。現地の空気や雰囲気に触れられたのがよかったし、しっかり楽しめた。
でも、私は同じような熱気を以前も楽しんでいたことも思い出した。それがライブビューイングである。コロナ禍の前は映画館でのライブビューイングが多く、全国各地の映画館で見られたのだ。
映画館の音響と席のよさ、そしてほどよい一体感とアクセス・帰宅の楽さ。こういうのトータルしてライブビューイングが結構好みだったのを思い出した。
コロナ禍以降、ライブビューイングは配信に移行した。それ自体は環境や手軽さ、価格のコントロールなどいろいろなメリットがあるのはわかっている。しかし、個人的には現地でみんなと盛り上がるか、ひとり(もしくは知り合い数人)で見る配信の二択はちょっと物足りない。

可能であれば、いい音響で、ほどほどにみんなで盛り上がれる、ライブビューイングが復活してほしい。そうすればまたこういうコンテンツ系ライブは通うのかもしれない。
もちろん、現地を否定しているのではない。現地参加というのは大変狭き門である。一方でライブビューイングは各地でやるから結構チケットがとりやすかったのだ。それもあって、ライブの盛り上がりをみんなで!みたいなところがあり、ライブビューイングが好きだった。だからこそ!また復活してほしい。そう思ったのだった。
ミリオンライブ!との温かな再会
友人のおかげで体験できた今回のライブ。アイマスを通じて、また新しい思い出ができた。6年のブランクを経て思ったよりも温かな再会だった。
振り返れば、変わったのはコンテンツだけでなく、自分自身でもあったのかもしれない。最近は学マスというシリーズの違う作品で楽しんでいたが、ミリオンライブの楽曲の良さに改めて触れられたのはいい機会だった。
ライブビューイングの復活を切に願いつつも、今回の現地体験は特別なものだった。しかし、もしライブビューイングが復活してくれたらと思う。映画館の良質な音響の中で、ほどよい熱量に包まれながら、もっと気軽に参加できる選択肢があるというのは素晴らしいことだと思う。
そして何より、ライブをきっかけに久々にブログを書いたこともひとつ大きいことかもしれない。コンテンツを追いかけることは一度卒業したつもりだったが、今回のライブを経て、また違った形で一緒に歩んでいけそうな気がする。
アイマスの次の企画や新しいライブの情報をたまにチェックしてみようかなと思ったのだった。
映画「千年女優」:緻密な設計とアニメならではの表現が生み出す、唯一無二の世界
少し前に、今敏監督の「千年女優」が全国の映画館で上映された。2001年の作品で、いまではなかなか映画館で見ることはできない。図書館の帰りに、ふとこの作品が上映されていたことに気づき、思わず足を運んだ。
名女優の語りが紡ぐ、映画と人生の物語
「千年女優」の冒頭は、名女優「藤原千代子」のドキュメンタリー映像の編集作業の様子から始まる。最初に登場するドキュメンタリーの監督(立花)は、情熱に強く引っ張られており、空回りしているかのような印象もあるが、どことなく憎めない。その監督に同行するカメラマン(井田)は、立花の情熱に所々呆れながらもついていく。この井田の一歩引いた立場が、この映画にとってはとても重要な役回りとなる。
立花と井田は藤原千代子の取材のため、伊豆らしきところにある彼女の自宅を訪れる。彼女の家の近くにある映画の撮影所は、ちょうど解体工事の最中だった。家へと向かう道中、立花は熱い口調で千代子の魅力について語り、現在は女優として一線からは退いており、取材を受けることは滅多にないと話す。
千代子の家を訪れると、彼女は早速、立花の持参した「あるもの」に興味を示す。この「あるもの」が、千代子が今回の取材を引き受けた大きな理由となり、そして「あるもの」を手にした千代子から、半生の語りが始まるのだ。
アニメーションならではの表現技法と緻密な設計に見惚れる
ここからの内容は、実際に映像で見ていただきたいのだが、私が圧倒されたのは、名女優の語りの迫真性を映像化するという技術だった。本編の多くを占める、語りを映画のシーンにしてしまうという構造そのものは、フィクションと現実の境界をあいまいにするというもので、近年のアニメ映画ではよく使われる手法(「サマーウォーズ」や「君の名は。」など)だ。しかし、「千年女優」はさらに一歩抜きん出ていると私は感じた。
その大きな理由が、井田の存在だ。彼が時折入れるツッコミや茶々によって、観客はふとフィクションであることを思い出させられる。この異物性が、現実と千代子の語りを上手く切り離してくれており、物語をより理解しやすいものにしている。
もちろん、千代子の語りや比喩の映像化が素晴らしくなければ、この井田の存在も余計なものになってしまう。比喩というのは、なんとなく頭に思い浮かぶものだが、この作品では非常にクリアに映像化されている。そして、ストーリーの中できちんと違和感なく存在している。また、同じようなシーンでも僅かに異なる描写が出てくるのも面白い。それゆえに何度も見返したくなってしまうのだ。時代背景などを壊すことなく、同じようなシーンを繰り返し描くというのは、かなりの技術の高さを要する。とにかく、緻密な設計とアニメならではの表現の自在さを感じ、圧倒された。
さらに音楽も、映画への没入感を大いに高めている。劇伴を担当した平沢進の楽曲は非常に独創的だが、その独特の音作りが本作の幻想的な世界観とマッチしており、思わず見惚れてしまうようなシーンがいくつも生まれていた。
2001年という時代背景と「千年女優」
ここまで、私が「千年女優」の内容や技術の素晴らしさについて語ってきたが、これほど力を込めて語ってしまうのには、1つ大きな理由がある。
それは、この作品が2001年という時代でなければ生み出せなかったと感じたからだ。2001年というのは、シネマコンプレックスが日本で急激に増加した時期にあたる。シネマコンプレックスとは、ここでは複数のスクリーンを持ち、入替制を取り入れ、スクリーンと配給会社を固定しない映画館のことを指す。つまり、映画の流通の仕組みが大きく変わりつつあったのだ。詳しくは私も知識不足の面があるので割愛するが、結果的には昔ながらの映画館からシネマコンプレックス中心へと、大きく舵が切られていった。
映像というのは本質的に「残す」ためにある。このように映画業界が大きく変化する中で、昔の「銀幕のスター」を描き、冒頭で撮影所の解体シーンを織り込んだ映像作品を「残す」。これはまさに、時代を切り取り、後世に伝える行為だと言えよう。そして、この時期でなければ、このような内容の映像化は難しかったことを、本編の随所で感じ取ることができる。
「千年女優」は、制作から23年が経過した現在でも、アニメ映画の表現技法の最先端をいく秀逸な「作品」であると共に、映画や役者というものの歴史と、その転換点を描いた貴重な「資料」でもあると私は考える。そして本作は、没入し、味わうためには、配信やDVDでは物足りない。ぜひとも銀幕で観るべき作品なのだ。再び全国の映画館での上映の機会が訪れ、多くの人の目に触れることを切に願ってやまない。
【お酒】本日もやっております【7月まとめ】
もう8月じゃん!って思いながら7月の記憶をほじくり返すも結構忘れております。そんな私のためにお酒備忘録。
ちなみに最近アイスの食い過ぎで夏バテになった上に太りました。急遽痩せプログラムを開始しています。でもお酒はやめられないんでしょうね。
【安いワインでもうまい】
6月はおいしいワインを買いすぎて、また飲むのがもったいない。そんな私に新世界ワイン。日本も新世界ワインなのだけど、ここで言うのはチリとか、アメリカとか。
720mlで1000円しないのは魅力。


フロンテラは普通においしかった。なんかウインナーと一緒に楽しむテーブルワインって感じ。いいね。
【日本ワイン】
もちろん日本ワインだって飲みますとも。



最近ちょっとだけしっかりしたワインを飲むようになって、信州コンコードだと「くどい」となってきたかも。マスカットべーリーAの方がいいのかなぁ。
大池ワインはエチケットがいい。今回飲んだのは「長女」で、しっかりまとまっているおいしさだけど「三女」はこの間買い損ねたのでどこかでいつか。ってこれ先月も書いていた。未練があるな……?
【そのほか】
友人とジンギスカンした時になにがしかのワインを飲んだ気がする。あのときも日本ワインだったと思うし、確かサンサンだった気がする。ちなみにジンギスカンははじめて。


ひさびさに飲んだ熊澤酒造。天青の酵母がちょっと違うという感じで、確かに後味がふくよかでよくなっていたように思う。
実は半分飲んで10日くらいあいたのだけど、ガッカリするほどの風味の落ち方はしていなかった。
とにかくメモに残さないと忘れる。現に結構忘れてる。
今月はまだほとんど飲んでいないので、今後はきちんとどこかにメモしたいと思う。
以上、7月の「やっております」まとめでした。
【お酒】本日もやっております【6月まとめ】
私は飲むときに「本日もやっております」あるいは「今日もやっております」とツイートすることが多い。記録を残そうという話なのだけど、振り返らないと記憶って定着しないよね、ということで6月総集編をば。実際は写真撮った分よりたぶん飲んでいる。印象に残ったお酒はコメントも。
【長野旅行】
6月は長野旅行にいったのでその分を。









長野じゃなくても飲めるだろ、って酒が混じっているのは否めない。この中で面白いと思ったのは亀の海かなぁ。サンサンワイナリーのメルローも悪くなかった。っていうか、私が多分サンサンワイナリー好き。
【渋谷フクラスのイベント】
渋谷フクラス(東急プラザ)でやっていた長野の日本酒・ワインイベント。5月もあわせて2回いってたくさんのんできた。







たぶん印象に残ったお酒だけ撮影している。
大池ワインは直前に「長女」を買ったのだけど、「三女」の方がユニークな味が好き。今度どこかで手に入れたい。
あとはシードル含めておいしかったのはRue de Vin。写真にはないけれど、シードルが強烈だったので、都内で買える店を探したい。
かわりどころではCiaoCiaoのシラー。ぶどうの枝の風味までするのではという野性味で、上品なワインの風味に飽きてきた頃にがつんと入れたい。
【その他飲み会で】
こちらはビール多めかな。じめじめしているシーズンにはきりっとキリッとしたビール。






特にさがみビールはおいしかったな。かぼすと山椒という組み合わせ。また機会があったらのみたい。
そんなわけで、「やっております」まとめでした。
【漫画】心の中にある「無意識」をめぐる物語。「アリスたちの標本」
よい漫画というのは「選ぶ」というよりも多くの漫画から「引き当てる」という感覚の方が近い。
近年は本屋でも立ち読み版が置いてあったり、電子書籍の漫画のサンプルを見ることができるようになって、「引き当て」られる確率は高くできるようになった。それでもまだ立ち読み版を読んで「これは絶対好きだろうな」と思って買った漫画が3巻くらいで「おっとっと……」ってなるケースもあれば、どこかのセールで安いからと適当に買った漫画がものすごい当たりということがある。
やはり、よい漫画にあたるのは運だな、とつくづく思う。
今回紹介する「アリスたちの標本」はkindleのセールでまとめて買った中の1冊だった。
紹介文からは夢と技術をめぐる物語といった印象を受け、今敏監督の「パプリカ」を想起させられた。読者の中に「パプリカ」が好きという人がいたら、「アリスたちの標本」は、まさにそういう人におすすめの作品だ。
最初に絵を見た時に「女性向け漫画の絵だな」と思った。細身で骨っぽく、また頭身が高く描かれている。また、夢の中の世界は複雑怪奇にともすればちょっとグロテスクな印象すら受けるかもしれない描き方で、その辺も女性向けっぽい印象を受けた。
主な登場人物は刑事のムツキと精神世界の中での案内人クララの2人。彼女ら2人が主軸で、さらにムツキの職場を取り巻く警察の人間、クララを取り巻く技術者の人間がよく登場する。
物語は、はじめ、人の夢を中心とする無意識の領域に入る「サイコシーク」という技術を使ってある事件の真相に迫っていく。そして、真相を解き明かす過程でサツキやクララはそれぞれに何か重大な「秘密」を持っていることが暗示される。
この「秘密」が本作ではポイントとなってくるわけだが、暗示からストーリーの大きな動きまでに少しラグがある。そこにじれったさを覚える人もいて、批判的なレビューも見かけたのだが、ここは好みだと思う。私にはむしろ、このラグはテーマとなる人間の精神世界を丁寧に描き、世界観を馴染ませているために必要な「尺」と感じた。どうも昨今は漫画に展開の速さが好まれるため、こうした丁寧さは読み手が焦ったさを覚えてしまうようだ。
ストーリー展開のスピード感で読者を選ぶ作品ではあるものの、この漫画のよいところは2巻完結という点だ。読書体験としては一気に読める。そして刺さる人にはとことん刺さる。
私の場合、精神世界特有の気味の悪さや奥深さを丁寧に描きつつ、しっかりと1つの作品にまとめ上げているところで引き込まれ、ハマった。自分自身、結構わけわからない夢をみる人間でもあるので、こういうリンクしていてもミクロな関係性ではくちゃくちゃなところとか、リンクしているようでしていない不安定な感じ、でも記憶の領域はクリアなところが実にリアリティがあって好みだった。
また、夢の時間は現実世界で起きたことを整理する時間である。この作品でも過去の記憶の整理ということもひとつテーマとしてあって、そこもとてもよかった。
また、先に挙げた「パプリカ」とは異なり、精神世界と現実世界はリンクしつつも、精神世界が現実世界へ拡張しないところも好ましく感じた。いま生きている社会とはるかにかけ離れた世界の設定でない限りは、現実的な方が嬉しいし、理解が追いついて物語を咀嚼しやすい。そういう意味では「パプリカ」よりも優れている面すらある。
ただ、一般的にはSFはファンタジーが強い方が好まれるために、本作は少しリアルより過ぎ、注目度は高くなかったのかもしれない。だからこそ、多くの人の目に止まり、ファンが増えて欲しい作品だと思った。
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