つんどらすたじお

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映画「千年女優」:緻密な設計とアニメならではの表現が生み出す、唯一無二の世界

少し前に、今敏監督の「千年女優」が全国の映画館で上映された。2001年の作品で、いまではなかなか映画館で見ることはできない。図書館の帰りに、ふとこの作品が上映されていたことに気づき、思わず足を運んだ。

 

名女優の語りが紡ぐ、映画と人生の物語

千年女優」の冒頭は、名女優「藤原千代子」のドキュメンタリー映像の編集作業の様子から始まる。最初に登場するドキュメンタリーの監督(立花)は、情熱に強く引っ張られており、空回りしているかのような印象もあるが、どことなく憎めない。その監督に同行するカメラマン(井田)は、立花の情熱に所々呆れながらもついていく。この井田の一歩引いた立場が、この映画にとってはとても重要な役回りとなる。

立花と井田は藤原千代子の取材のため、伊豆らしきところにある彼女の自宅を訪れる。彼女の家の近くにある映画の撮影所は、ちょうど解体工事の最中だった。家へと向かう道中、立花は熱い口調で千代子の魅力について語り、現在は女優として一線からは退いており、取材を受けることは滅多にないと話す。

千代子の家を訪れると、彼女は早速、立花の持参した「あるもの」に興味を示す。この「あるもの」が、千代子が今回の取材を引き受けた大きな理由となり、そして「あるもの」を手にした千代子から、半生の語りが始まるのだ。

 

アニメーションならではの表現技法と緻密な設計に見惚れる

ここからの内容は、実際に映像で見ていただきたいのだが、私が圧倒されたのは、名女優の語りの迫真性を映像化するという技術だった。本編の多くを占める、語りを映画のシーンにしてしまうという構造そのものは、フィクションと現実の境界をあいまいにするというもので、近年のアニメ映画ではよく使われる手法(「サマーウォーズ」や「君の名は。」など)だ。しかし、「千年女優」はさらに一歩抜きん出ていると私は感じた。

その大きな理由が、井田の存在だ。彼が時折入れるツッコミや茶々によって、観客はふとフィクションであることを思い出させられる。この異物性が、現実と千代子の語りを上手く切り離してくれており、物語をより理解しやすいものにしている。

もちろん、千代子の語りや比喩の映像化が素晴らしくなければ、この井田の存在も余計なものになってしまう。比喩というのは、なんとなく頭に思い浮かぶものだが、この作品では非常にクリアに映像化されている。そして、ストーリーの中できちんと違和感なく存在している。また、同じようなシーンでも僅かに異なる描写が出てくるのも面白い。それゆえに何度も見返したくなってしまうのだ。時代背景などを壊すことなく、同じようなシーンを繰り返し描くというのは、かなりの技術の高さを要する。とにかく、緻密な設計とアニメならではの表現の自在さを感じ、圧倒された。

さらに音楽も、映画への没入感を大いに高めている。劇伴を担当した平沢進の楽曲は非常に独創的だが、その独特の音作りが本作の幻想的な世界観とマッチしており、思わず見惚れてしまうようなシーンがいくつも生まれていた。

 

2001年という時代背景と「千年女優

ここまで、私が「千年女優」の内容や技術の素晴らしさについて語ってきたが、これほど力を込めて語ってしまうのには、1つ大きな理由がある。

それは、この作品が2001年という時代でなければ生み出せなかったと感じたからだ。2001年というのは、シネマコンプレックスが日本で急激に増加した時期にあたる。シネマコンプレックスとは、ここでは複数のスクリーンを持ち、入替制を取り入れ、スクリーンと配給会社を固定しない映画館のことを指す。つまり、映画の流通の仕組みが大きく変わりつつあったのだ。詳しくは私も知識不足の面があるので割愛するが、結果的には昔ながらの映画館からシネマコンプレックス中心へと、大きく舵が切られていった。

映像というのは本質的に「残す」ためにある。このように映画業界が大きく変化する中で、昔の「銀幕のスター」を描き、冒頭で撮影所の解体シーンを織り込んだ映像作品を「残す」。これはまさに、時代を切り取り、後世に伝える行為だと言えよう。そして、この時期でなければ、このような内容の映像化は難しかったことを、本編の随所で感じ取ることができる。

千年女優」は、制作から23年が経過した現在でも、アニメ映画の表現技法の最先端をいく秀逸な「作品」であると共に、映画や役者というものの歴史と、その転換点を描いた貴重な「資料」でもあると私は考える。そして本作は、没入し、味わうためには、配信やDVDでは物足りない。ぜひとも銀幕で観るべき作品なのだ。再び全国の映画館での上映の機会が訪れ、多くの人の目に触れることを切に願ってやまない。

 

 

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