つんどらすたじお

マンガ、お酒、音楽など雑多に好きなものを語ります。

【漫画】心の中にある「無意識」をめぐる物語。「アリスたちの標本」

よい漫画というのは「選ぶ」というよりも多くの漫画から「引き当てる」という感覚の方が近い。

近年は本屋でも立ち読み版が置いてあったり、電子書籍の漫画のサンプルを見ることができるようになって、「引き当て」られる確率は高くできるようになった。それでもまだ立ち読み版を読んで「これは絶対好きだろうな」と思って買った漫画が3巻くらいで「おっとっと……」ってなるケースもあれば、どこかのセールで安いからと適当に買った漫画がものすごい当たりということがある。

やはり、よい漫画にあたるのは運だな、とつくづく思う。

今回紹介する「アリスたちの標本」はkindleのセールでまとめて買った中の1冊だった。


アリスたちの標本 (全2巻) Kindle版

 

紹介文からは夢と技術をめぐる物語といった印象を受け、今敏監督の「パプリカ」を想起させられた。読者の中に「パプリカ」が好きという人がいたら、「アリスたちの標本」は、まさにそういう人におすすめの作品だ。

 

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最初に絵を見た時に「女性向け漫画の絵だな」と思った。細身で骨っぽく、また頭身が高く描かれている。また、夢の中の世界は複雑怪奇にともすればちょっとグロテスクな印象すら受けるかもしれない描き方で、その辺も女性向けっぽい印象を受けた。

主な登場人物は刑事のムツキと精神世界の中での案内人クララの2人。彼女ら2人が主軸で、さらにムツキの職場を取り巻く警察の人間、クララを取り巻く技術者の人間がよく登場する。

物語は、はじめ、人の夢を中心とする無意識の領域に入る「サイコシーク」という技術を使ってある事件の真相に迫っていく。そして、真相を解き明かす過程でサツキやクララはそれぞれに何か重大な「秘密」を持っていることが暗示される。

この「秘密」が本作ではポイントとなってくるわけだが、暗示からストーリーの大きな動きまでに少しラグがある。そこにじれったさを覚える人もいて、批判的なレビューも見かけたのだが、ここは好みだと思う。私にはむしろ、このラグはテーマとなる人間の精神世界を丁寧に描き、世界観を馴染ませているために必要な「尺」と感じた。どうも昨今は漫画に展開の速さが好まれるため、こうした丁寧さは読み手が焦ったさを覚えてしまうようだ。

ストーリー展開のスピード感で読者を選ぶ作品ではあるものの、この漫画のよいところは2巻完結という点だ。読書体験としては一気に読める。そして刺さる人にはとことん刺さる。

 

私の場合、精神世界特有の気味の悪さや奥深さを丁寧に描きつつ、しっかりと1つの作品にまとめ上げているところで引き込まれ、ハマった。自分自身、結構わけわからない夢をみる人間でもあるので、こういうリンクしていてもミクロな関係性ではくちゃくちゃなところとか、リンクしているようでしていない不安定な感じ、でも記憶の領域はクリアなところが実にリアリティがあって好みだった。

また、夢の時間は現実世界で起きたことを整理する時間である。この作品でも過去の記憶の整理ということもひとつテーマとしてあって、そこもとてもよかった。

また、先に挙げた「パプリカ」とは異なり、精神世界と現実世界はリンクしつつも、精神世界が現実世界へ拡張しないところも好ましく感じた。いま生きている社会とはるかにかけ離れた世界の設定でない限りは、現実的な方が嬉しいし、理解が追いついて物語を咀嚼しやすい。そういう意味では「パプリカ」よりも優れている面すらある。

ただ、一般的にはSFはファンタジーが強い方が好まれるために、本作は少しリアルより過ぎ、注目度は高くなかったのかもしれない。だからこそ、多くの人の目に止まり、ファンが増えて欲しい作品だと思った。